なーなー、なんでそれでも地球まわるん?
引っ越してから3ヶ月以上経とうというのに、ぜんぜんカーテンを買ってなくて(いわゆるいつもの億劫な癖が出てしまい)、前の家から持ってきたぜんぜんサイズ違いのやつを申し訳程度にぶら下げていたのだが、さすがにそれもまずかろうということで、ニトリで適当なものを見繕って買ってきた。
そうしたら、全くカーテンを付けていなかった窓もあったのだが、今までと打って変わってやたらと生活感が出て、部屋が明るくなった。まさか数千円の投資でこんなにも部屋が明るく変わるとは思わなかった。こんなことならもっと早くやっておけば…なんて思ったが、まあそれを言っても仕方がないか。
他の窓用のものはサイズを直して送ってもらうことになっているので、そこもどれだけ印象が変わるか楽しみである。
全然話は違うが、ニトリはやっぱり色々なものがあっていいね。結局何時間もうろうろ、うろうろとして、大枚を叩いてしまった。
ちびすけもそろそろやってくるということで、連休を活用して片付け中なのだが、普段がなかなかちゃんとしていないものだから、結構骨が折れている。それでも3月に引っ越したまま放置していたダンボールも大方中身を確認して不要物を除くことが出来たので、ちびすけ用の収納スペースがある程度は確保できた。
自分ではなかなかやろうといっても腰が上がらないのだけど、相方が鞭打ってくれたお陰で気持ちよく…じゃなかった、スムーズにことを進めることが出来た。やっぱりこういうときに一人じゃなくて良かったと思う。自分ひとりじゃなく二人で生きているからこそ得られるものを、ちょくちょく見つけては、感慨にふける毎日である。まあそれもそのうちいくつかはここに書くとしよう。
問題を切り分けるときに、色々やって、原因の目測を立てるのは大事だけどそれだけでは駄目なわけで。これがおかしいんじゃないか、と疑いを立てたときに、当たり前のことなんだけれど証拠となるデータを完全にしないと何の意味もない。ところが、分かりやすく数値で出なくて、それが知らない分野や技術だと、ぼくは憶測のまま進んでいってしまうことが多くて、それじゃいけない、やっぱりちゃんと実証が必要だよという話。
それこそ、論理的に説明のいく内容を、実証をもってひとつひとつ積み上げていかなきゃいけないのよね。地道だけど、大切なことだな。
億劫でずっと先延ばしにしていたり、考えがまとまらなくておざなりになっていたようなことでも、意外とやりだしてみるとはかどってしまうことがあるというのに、最近気づいた。やろうと思っていたときより時間が経過していて、その分実力がついているからなのか、それとも単純に気分の問題だったりするのかは分からないけれど。
何といっても集中するまでと集中しだしてからの能力のギャップがものすごいので、要は集中するための火種になるようなものを見つければいいということなのかもしれない。のめり込むトリガーのようなものか。でも状況によってそういうものは変わってくるし、毎回同じものは使えないだろうし、難しいところだ。
効率よく仕事をするには何とかして自分を奮起させるしかない。自分で納得しないと何事も動かない正確だから、スイッチが入らないことにはなんとも。いざ能力が出てきたときにはそれ以上に案件が溜まり過ぎてて結局その重みに負けたりね。自分のコントロールが難しい。いやはや、何十年もやってきてるのに情けないことだ。何とかしないと。
特に凝ったものではないけど、トップページだけ handheld を指定して、暫定的に携帯用の CSS を用意してみた。これである程度携帯でも見やすくなった…はず。W44K でしか確認してないから、docomo とか softbank でも大丈夫かは分からないけど。結構面白そうだし、今日はもう遅いので、明日もう少しいじってみよう。
学生時代に就職活動を始めたころから、自分の進む道はこうだ、というのは大まかにはイメージを持っていた。Unix や Linux やネットワークをやりたいという一心で今の会社を選んで、会社に入ってからもそういう部署へ半ば無理やり潜り込んでそれを手に入れた。でも、それでも揺れ動くものはある。それは当初やりたいと思っていたこととのギャップとかそういうんではなく、生活や自分の身の振り方を合わせて考えたときに、このままでいいのか、と考えるからだ。
生きるのは大変だ。そして、生かすのも大変だ。それは分かりきっているが、何とかしなくてはならない。時間も限られていて、リソースも限られている中で、それをどうやってうまくまわしていくのか。それを考えたときに、働き方や働く場所について、再考させられるのだ。比較的日本的な会社の場合、上を見上げると自分の将来はおおよそ予測がついてしまう。
別にその将来が悪いわけではないし、不幸なわけではない。それに、会社に対してどうこうというわけでもないのだが、自分のライフプランやこれからの景気のことを考えると、ベストかどうかは果たして判断がつかない。まだまだ自分の能力としては未熟過ぎて、転職などは到底考えられないが、何かしら来るべき時に備えて、準備をしておかねばならないと思っている。
会社に頼るのも悪くないが、放り出されないとも限らない。そのときに、自分がどう動けるのか。IT にだけ囚われていてはいけない。興味のあることだけに囚われてもいけない。アンテナを張って、自分の生き抜くすべ、家族を生かすすべを考えなければならない。生きることは大変だ。生活をまわすことは大変だ。しかし、負けるわけにはいかない。競争に勝たなければならない。
自分のために仕事が出来るのは幸せなことだと思う。それが今出来ていることは本当に恵まれている。しかし、いつかはそれを捨てなければならないかもしれない。その覚悟を持って進む道を選んでいかなければならない。
最近、あちこち自転車旅をして、一人で日本縦断もして、本当に良かったと思うことが多い。
何より、自分の環境ががらっと変わることに対して耐性がついたし、一人であれこれ決めたりすることに動じなくなった。人見知りや人嫌いは相変わらず(でも人間観察は好き)だけど、東京に出るときもそこまで抵抗なく出られたし、結婚や我が子についても落ち着いて受け入れることができた。
そして、旅で見たり聞いたり感じたりしたことが、今もこの身体を流れているような感じがするほど、何かというとぼくを突き動かしている。単なる過去ではなくて、さまざまな価値観があの旅で大きく変わり、そして再形成されたのだと思う。
まだまだ旅で出会った人たちに恩返しが出来ておらず、今も思い出とともにそういう後ろめたさというか申し訳なさがある。住処も知らず、もう会えない人たち(と思っているだけかもしれない)もいるが、必ず機会を作ってお礼がしたいと思っている。
あんな旅はもうできないかもしれないけどね。
家でだらーっとしつつ、来客などもあってその間ブックオフで立ち読みなどをしつつ。久しぶりというか、何というか、のんびり過ごしてみた。週末なのに雨ばっかりで何だかなぁとも思うのだけど、一方で最近まともに梅雨がなかったから、これはこれで季節を感じられていいのかなぁとも。
近頃、二人だけの時間というのが、もう少しでなくなるよなぁ、という話を相方とよくする。確かに、小学校に上がるまでぐらいは、満足にそんな時間を取れるとは思えないけれど、それでも、出来る限りなんとか確保していきたいなぁと思っている。一人の人間にも色々な立場があるけど、それぞれをちゃんと演じる時間というのを大切にしたい。それがきっと活力につながるから。
それにしても、のんびりかぁ。ほんとうに、今のうちだ。
もうそろそろ出てきてもおかしくないということで、病院の中がどうなっているのかとか、配置とか、いざというときにどこに行けばいいのかとかそういうのを知っておく必要がでてきて、実際に行ってきた。この間は検診ということであんまりうろうろしなかったのだけど、今回はそういうわけであちこちうろうろしてみた。
遅刻だ何だとばたばたしたのはいつも通りのこととして。とりあえず無目的にあちらこちらを右往左往しても仕方がないので、そういう場所を案内してくれるツアーみたいなものを予約しておいたので、最初はその担当者の言われるまま移動。ツアーというか見学というか、予約してまで行った割には我々一組だけで、説明自体も30分かからないで終わってしまい、何だか拍子抜け。
途中でナースステーションの裏にある新生児室みたいなところを通り、おぎゃおぎゃ言ってる小さいやつらを間近で見て、こいつが入ってるのか、そして出てくるのかと思って、それは新鮮だったけれど。それで、終わってしまったのはしようがないので、とりあえず通常の場合と、休日夜間とか緊急の場合にどの経路を通ってどこに行けばいいかは自分で歩いて確かめておいた。
まあ、大丈夫かな。
最近、自転車に乗りながらやたらと元気に独り言をつぶやいている人が増えたと思ったら、よく見るとハンズフリーを使っているのね。このところ通話無料が当たり前になってきて、昔小さいとき憧れたトランシーバーみたいに使っても平気になったからなのか。
そういえば携帯自体が当たり前になる前も、携帯で話している人と遭遇すると独り言を言っているように感じたし、そう考えるとこれもだんだんと慣れてくるものなのかもしれない。
仕事とか、普段でもそうなんだけど、一旦は面倒くさくなったり、興味が失せたり、苦手だったものが、時期を経てもっかいやると何故か新鮮ですんなり入ってくることがある。飽きっぽいせいなのか、移り気なせいなのか、のめり込むと止まらないせいなのか。
プログラミングにしても、Linux がらみのことにしても、苦手なドキュメント作成とかにしても、いざやろうと思うと意外といけたりする。人生そう真っ直ぐではなくて、手当たりしだいにふらふら、ふらふらするし、元々そういうものなのかもしれないなぁとも。
何より大事なのは、そういう発見があるまでちゃんとあきらめないでとっておくってことなんだろうな。やらないでいいから、とりあえず横に置いておけばいいのだ。あとは時間が何とかしてくれる。
他の人の育児体験談や、ブログとかを見てると、何かしら色々と実感が湧いてくるような気がする。実感じゃなくて、単に想像の助けになっていて、イメージしやすいということなのかな。それでもまだまだ、実感が足りないけど。
実感より何より、問題は準備よねぇ。何もない!気がする。というか何もないのか。
とうとう相方が後期に入り、医者が変わったため、平日しかやってないとのことだったので、最初だけでもと思って有給を取って検診に付き添ってきた。普通よりかなりお腹が大きめに思えたので心配だったけれど、医者曰く母子ともに問題ないとのこと。それを聞いてとりあえず一安心。
びっくりしたのが、病院が変わってエコーの画質が格段に上がったこと。やっぱり普通の町のお医者さんと救急指定の馬鹿でかい総合病院じゃ設備の規模も違うのは当たり前なんだけど、それにしてもあまりに違いすぎて拍子抜けしてしまった。エコーなのに顔がぼんやり見えるってのは中々に驚きだった。3D じゃないのにねぇ。
検診に当たっては、いろいろと生まれる時や生まれた後の具体的な手続きの話とかがどんどこ出てきて、いよいよ、なのかぁ、としみじみ。色んな準備がまだまだ不足していて、結構ばたばたになりそうな予感が満載だけれど、何とか周りの人に助けられつつ乗り切る感じで。いけそうかなぁ。いや、いけなあかんよ。いけそうじゃいかんよ。ね。
とか言っていながらも、まだまだ実感が足りず…。やっぱりお腹の中で常に動きを感じているお母さんとは違って、そういうのを感じにくいのかなぁ、とかいうと、何か変な言い訳みたいに聞こえるからやだな。何だか、まだ新しい人格がもうすぐ誕生して、それが自分から作り出されたものだという実感というか、確信というか、何かそういうものがまだ足りてないというか。いや、自分の分身なのは事実なんだけど、それをうまく認識できないというか。
いずれにしても、リミットは刻一刻と迫っているわけで。今はただ、無事「Hello, world!」を待つばかりである。
最近いろんなサービスが増えて、Web サイトを特に持たない人も、あれこれ色んなところに投稿する機会が増えたんじゃなかろうか。ご多分に漏れずぼくもその一人で、やれ mixi だなんだといろいろあって。でも投稿のたびに思うのは、コンテンツが分散してるよなぁ、ってこと。こうやって Web サイトを持っていながら、あっちこっちに情報を分散させるのはうまくない。出来ることならこのサイトでやれることはやってしまいたい。そんな思惑があったりなかったり。
それに、たいていの外部サイトの利用規約を読むと、投稿した内容についての権利を全て主張できないような感がある。自分のコンテンツなのに、何だかそこに書いただけで取られてしまう感じである。そんなだから、外部サイトで使える色んな便利なコンテンツ(mixi や twitter やはてなブックマークやその他もろもろ)を使いたくても、他のサイトに情報が逃げるのが嫌で使えなかったりするのだ。
そういう理由で、多少情報の鮮度が落ちるけれど、まあそんなに鮮度も重要とならないことばかりだし、twitter はやらずに日記でいいかなんて考えているし、便利そうでずっと使いたかったソーシャルブックマークは sucttle というソフトウェアで自サイト上に構築した。twitter にしろはてなブックマークにしろ、最近は便利な rss とかもあるのだから、ブログパーツとしてこの日記にくっつければいいじゃないかという考えもあるんだけど、やっぱり投稿先がそういう外部サービスである時点で却下かなぁ。
ここに書いている限り、他のサイトやサービスとは独立していて、この文章がオリジナルであって、書いてあるだいたいのことがぼくに帰属するってのは見た目にも分かりやすいし、事実そうである。だから安心していろんなことを書くことが出来るのだ。決してオリジナリティのあるコンテンツばかりではないけど、外部サイトに出すってのはそれなりに色々制約があって、そういうのが解決されない限りは、まだまだ自前調達はやめられないなぁと、思う次第で。
色々何とかなりそうな感じ。やっぱり、チームプレーは大事ねぇ。
夕方に起き出して、人生で初めてフレッシュネスバーガーを食べた。パンはふわふわ、クラシックを食べたので薄い味つけ、中々いい感じ。マクドだとせわしなく食べて出て行ったりとか、濃い味付けで色々ごまかされてるような感じがしてたけど、店内も落ち着いた感じでよかった。
それにしても暑くなってきた。
2 月 20 日に、人生ではじめて、ディズニーランドなるものに行った。そしてこれまた人生ではじめて、ディズニーシーなるものに行ってきた。ランドとはまた違って、とにかくいろいろなものがでかくて(山とか城とかホテルとか船とか)、いろいろ圧倒されてしまった。人々の夢(=入場料に託された想い)が作り出す世界ってのは、やっぱりすごいのねぇ。
前回のディズニーに引き続いて、ひたすらおんぶに抱っこの行程で、ひたすら楽しませてもらった。企画してくれた人たちに感謝感謝。今回は相方が身重な関係もあって、乗り物系より鑑賞系多目の、休憩時間多目だったにも関わらず、暑さと歩いた距離でみんな終盤はグロッキーに(笑)。でも、出店やレストランの食事は中々本格的でおいしくて、食べまくり。
おなかもこころもいっぱいになりましたとさ。
はまりだすと止まらない性格で、人に頼るのが好きじゃない性格で、チームプレーが苦手で、怠惰で、なかなかどうも。仕事人としては、色々周りに迷惑をかけてしまっているよなぁと反省しきりだ。仕事に関しては拘りもあるし、理想もあるし、理想とのギャップも自覚しているし、それを埋めるにはまだまだ自分の努力と時間が足りないこともよく分かっている。
でも、気がつくとどこか焦っているんだよなぁ。結果を出したかったり、認められたかったりで、キャパシティより大きなものを一人で抱え込もうとしたり、してしまう。結果としてはそれは周りに迷惑をかけてしまったり、うまくいくものもうまくいかないようなことになる。分かってはいるんだけれど、なかなかそれを実際の行動や仕事のやり方に結びつけることが出来ない。
その原因は変なプライドだったり、小さなライバル心だったり、ものぐさな性格だったりする。でも、やっぱりチームプレーなんだよな。いい結果は、一人じゃ出せない。どう頑張ったって。それはもうよく分かった。だから、如何にチームプレーの中にうまく自分自身をアサインしていくか、そこに尽きると思うのだよね。そうすれば、しごとが終わらない、なんてこともなくなるはずだし、何より全てにおいて一人でやるよりいい方向に物事が進んでいくような気がする。
再開?
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